アジア顔の息子が演じた事の意義

ご無沙汰してました!約3ヶ月ぶりの更新ですね。

私はその後元気でした。それより2ヶ月半の夏休みはとにかく忙しくって!
我が家では、毎年夏休みは子供達をサマーキャンプに入れないんですよ。だからスポーツ活動や仲良し君の家族とプレイデイトをしながらバタバタ過ごすのですが、今年は例年以上に忙し過ぎてヘトヘトでした。

8月中旬過ぎから子供達の学校が始まり、少しはほっとするかと思ったら、なんと長男の課外活動がむちゃくちゃ過密スケジュールでしてね。というのも、実は長男がミュージカルのキャストに選ばれたんです。おかげで、その公演に向けて8月中旬からリハーサルが続いていたのでした。

このリサーサル、3週間続いたのですが、平日は夕方5時から夜10時まで続き、週末はお昼1時から夕方6時までと激務だったんです。私たち親の役目は、リハーサル会場まで往復1時間20分の送り迎えをする事で、とにかくその業務と学校の準備に毎日明け暮れてました。

息子がキャストとしてお選ばれたこのミュージカル、実は世界的に有名な作品のミュージカルでした。その名は、サウンド・オブ・ミュージック!そう、あの名曲「ドレミの歌」や「エーデルワイス」で有名な作品ですよね。そして、ミュージカルは地元の私立大学ボールドウィンウォレス大学(Baldwin Wallace University)とクリーブランドオーケストラのコラボレーションプロジェクトだったのです。

とはいえ、実際演奏したのはクリーブランドオーケストラではなく、アクロンシンフォニー(Akron Symphony Orchestra)という菅楽団でした。それでも、クリーブランドオーケストラに負けないくらい素晴らしい演奏をする楽団でしたよ。はじめてアクロンシンフォニーについて知る機会になったし、とにかくこれから彼らの演奏も楽しみだなと思ったくらい!

さて、この3週間にわたる激務の甲斐もあり、9月上旬に開催された二日間の公演は無事大盛況に終わりました。はじめて自分の子が大舞台に立つと言う事は、なんとも表現しようのない感動そのものですよ。あんなに小さかった子がここまで成長して、立派に舞台に立つなんて。。。親にとっては、一生に一度の経験ですからね。とにかく涙、涙の忘れられない出来事だったのです。

ところで、なぜ息子がキャストに選ばれたのか疑問を持つ方もいらっしゃるでしょうね。しかも、サウンド・オブ・ミュージックは、第二次大戦中のオーストリア人一家、ヴォン・トラップ家のお話です。息子はヴォン・トラップ家の次男カート役に選ばれました。

というのも、息子達が所属する地元合唱団が、オーディションの話を持ちかけて来たからなのです。オーディションの条件は、ボーイソプラノで背丈5フィート(150センチ以内)、それだけでした。

本人も私たちも、まさかオーディションに受かるなんて思いもよらなかったんです。私たち夫婦、恥ずかしいことに、サウンド・オブ・ミュージック自体全く詳しくなくて、映画さえも一回チラッと観ただけ。だから、あまり深く考えず、期待もせずにオーディションを受けさせたんです。もちろん息子も私たち同様に、映画を見たのは一度きり。

実際オーディションに受かり、サウンド・オブ・ミュージックについて少し調べるうち、オーストリア人、つまり白人の話であることを確認しました。私そっくりの息子は、白人ミックスとはいえ、ほぼアジア人顔です。本人も受かったとき、少し困惑顔に「僕、金髪じゃないけど大丈夫?」と言ってたんですね。

実は私たち、実際公演が近くまで、他のキャストについても殆ど知らなかったんです。プロの俳優は、ヴォン・トラップ家の父親トラップ大佐と修道院長を演じた二人だけ。しかも、この二人は白人ではありません。トラップ大佐役は黒人で、NYブロードウェイで経験を積んだ役者さんでした。そして、修道院長役はヒスパニック系で、こちらも長い事数々の有名な舞台に立ってるオペラ歌手でした。

また、主役であるマリア役、そして息子の共演者たちの殆どが、ボールドウィンウォレス大学の学生さん達だった事に、正直驚いたんですね。それはあまりにプロ並みの歌唱力と演技力だったから!そして、もちろん黒人、ヒスパニック系、アジア系と色々な人種が混じってました。

一方、先週タイムリーに、ウォルトディズニー社が新作映画「リトルマーメイド」実写版の予告編を初公開したのは、記憶に新しいと思います。そして、この公開と共にネットでは大きな論争が巻き起こりました。

なぜ、マーメイド役が黒人なのか?と。

ディズニー社がマーメイド役に黒人俳優を抜擢した理由と、息子がカート役に選ばれた理由は同じだと思います。

それは能力重視であったこと、そして多様性の重視です。

ここ数年、アメリカでは従来のメディアが与える社会的影響力の見直しが進んでます。今まで白人優位であったシステム上の人種差別がいかに社会に悪影響与えるか認識され、改善に向けて現状の見直しがされてるのです。

見直しの一貫として、人種・性別・心身障害に関係なく、インクルーシブに能力ある全ての人達にチャンスを与えるということ。メディアにしても普通の企業にしても色々な社会の場面で、マジョリティ、つまり白人や男性や健常者が決定権と優先権を今まで普通に維持していた従来のやり方をなくし、能力に応じて積極的にマイノリティにチャンスを与えると言う事です。

また、積極的にマイノリティを子供番組やおもちゃなどで起用し表現する事が、これからの未来を担う子供達にも大きな励ましになります。例えば、おもちゃ売り場では、色々な肌と髪の色の人形が棚に並ぶ事、クレヨンの肌色が一色ではなく数色に及ぶなど、最近そういった企業の試みが際立って見受けられるようになりました。

息子が白人であるカートを演じた事に対して疑問を持つ人は、おそらくマーメイド役が黒人である事に違和感を覚え、議論する人たちと同じでしょう。

でもその作品の重要視されるべきポイントは、決して見た目ではない事に気付いて欲しいのです。評価されべき点は「歌唱力」と「演技力」そのものだと思うのです。

そして、その作品が与える社会的影響も考えて欲しいのです。作品を観る子供達に夢や希望を与えるか否かは、グローバル化と多様化が進む移民の国アメリカでは、特にとても重要なポイントだと思います。

今回息子がカートを演じた事は、アジア人顔の自分でもできるのだという大きな自信を息子に与えたと信じて疑いません。そして、息子が演じた事により、それを観た子供達に夢と希望を与えた事は、想像以上に大きな意義があったと実感しました。

正直、日本に住んでいた頃の自分だったら、おそらくマーメイド役が黒人?カート役がアジア人?という疑問を抱いてたと思います。なぜなら、そういう風に白人信仰が強い社会*に刷り込まれながら育ったから。

アメリカでマイノリティとして3人の子供達を育児し、多様性に富む社会を見て学び、今まで見えてないかったものが見えて来てると日々感じてます。

大切なことは「気づくこと」。

そして、今まで当然だと思ってた既成観念を捨て、価値観を社会に合わせてアップデイトして行く事だと思います。

そうでなければ、時代について行けないなあとつくづく思うのでありました。


*昔から日本は、肌が白いことが良いと言う風潮があり、それに執着してると思います。メディアにしても、有色人種より白人をモデルなどでも好む傾向がありますからね。

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