オハイオ州の中絶に関する法的現状とこれから起こり得るシナリオ

日本のメディアではあまり大きく報道されてないと思いますが、実は今月5月2日に全米に大きな衝撃を与えた出来事がありました。

それが、これ。米国連邦最高裁のリーク事件です。

そして、なにがリークされたかというと、中絶を合法化した重要判決(Roa v Wade=「ロー対ウェイド事件」のロー判決)を覆す草案です。

じゃあ、どうしてそんなに大きな衝撃を与えたかというと、二つその原因の要素があります。

一つ目は、米国連邦最高裁のリーク事件は今までなかったという事実。いわゆる米国史上初であるということです。
二つ目は、その草案の内容が女性の権利に脅威を与えてるからです。

詳しくは、以下のニュースメディアをご参考にどうぞ。

もしこの草案が現実のものになり、中絶を合法化した重要判決が覆される事になった場合、各州は法的に大きな影響を受けます。特に、オハイオ州は保守派である共和党が州議会を過半数以上を占めており、今まで何度となく中絶全面禁止への動きがありました。

ですから、この夏後半に決まるであろう中絶禁止の行方と、それによってオハイオ州が受ける影響と起こり得るシナリオを、中絶における法的現状を交えながら、私なりにここでまとめて説明したいと思います。

そもそも中絶を合法化した重要判決(ロー判決)とは?

1973年に判決がおりた史上最も賛否を呼んだ事件の判決のひとつで、人工妊娠中絶をアメリカ合衆国憲法により保障された権利とし、同時に堕胎禁止を違憲とした判決です。ちなみに、ロー判決のことを、こちらではRoe v Wade(=「ロー対ウェイド事件」)と表記され、メディアなどで取りあげられる時にロー判決のことを指してます。

これにより、各州ではたとえ堕胎全面禁止は州議会で決議されたとしても、アメリカ合衆国憲法により保障された権利であるために、州レベルでは基本的に実施することはできません。すべての女性は中絶できる権利を持っているのです。

ただし、その中絶できる範囲の規定は州政府に委ねられているので、州によって中絶可能な週数と条件が異なります。また、市政府のレベルでは、堕胎禁止さえも法案が可決すれば、違憲とする控訴がない限り施行することができるのです。

では、オハイオ州の場合はどうかというと?

オハイオ州における中絶に関する法的現状

2022年5月現在、オハイオ州では一部の市を除き、中絶可能な週数は妊娠20週まで、つまり最終月経から約22週を数えた期間まで中絶可能です。

上記の一部の市とはLebanon市のことです。Lebanon市では、母体の命に危険がある場合のみ例外とし、去年5月下旬から中絶全面禁止されており、中絶をした個人、またそれを幇助(ほうじょ)した個人や医療機関は殺人罪に問われます。実際、この市には中絶処置を行う医療機関は存在しません。

数字上では妊娠週数20週〜22週までが中絶可能な範囲ではあるのですが、事実上は条件などがあり細かく制限があるので、全ての女性が中絶可能なわけではありません。以下にて、その制限内容を箇条書きします。ちなみに、参考元はGuttmacher Instituteファクトシートです。

  • 中絶を求める患者は、中絶処置を諦めるように説得する内容を含む州政府監督下のカウンセリングを受けなければならず、その後中絶処置を受けるまで24時間待機しなければならない。カウンセリングは個人面談で、待機時間が始まる前に実施されるので、結果的に中絶医療施設には二度足を運ぶ事になる。
  • 医療保険制度改革(通称:オバマケア)の下で、州政府と保険会社の交換条件により提供された保険プランは、命の危険がある場合とレイプによる被害、そして近親相姦による被害に限り、中絶医療処置をカバーする。
  • 公務員に提供される保険が中絶医療処置をカバーする条件は、命の危険がある場合とレイプによる被害、そして近親相姦による被害に限る。
  • 医薬品使用の中絶処置は、アメリカ食品医薬品局のプロトコル(ルールと手順)に沿って提供されなければならない。
  • 未成年の患者が中絶処置を受けるには、親の同意許可を得なければならない。
  • 命の危険がある場合とレイプによる被害、そして近親相姦による被害に限り、公的資金を利用することが可能。
  • (胎芽もしくは胎児の)心音の確認をしなければならないので、中絶処置を受ける前に、患者のほとんどが超音波検査を受けることになる。患者は超音波検査の写真を見ることを勧められる。
  • 患者の健康状態が生命の危機に晒されてる状況か、もしくは重度に健康を損なう状況である限り、受精後の妊娠週数20週か、もしくはそれ以上(最終月経から22週以内)に、中絶処置は行われることが許されている。この法律は、科学的根拠が乏しい主張(この妊娠週数の時点で、胎芽もしくは胎児が痛みを感じるという主張)からなり、医療コミュニティから拒否されている。
  • オハイオ州では、(胎芽もしくは胎児の)遺伝子異常を懸念した上での中絶処置は禁止されてる。
  • オハイオ州は、中絶医療施設に対し、施設自体と医療用具、そして職員に関連する標準規定が不要で重荷になる事を要求している。

ロー判決が覆された時に起こり得るシナリオ

前述しましたが、今年の夏後半にこのロー判決が覆されるか否か判決が下ると予測されてます。もしロー判決が覆されたら、今まで憲法違反とされていた堕胎禁止がアメリカ全土で法律上可能になります。

ただ、州によって独自の法律が存在するので、リベラルの多い州では堕胎全面禁止になる可能性は低いのですが、オハイオ州のような共和党派が過半数を占める州ではかなり大きくなります。

堕胎全面禁止はすぐならずとも事実上、中絶可能な規定が妊娠周期20週〜22週ではなくなるのです。

というのも、オハイオ州では、すでに2019年6月に知事により承認された改正法、Human Rights and Heartbeat Protection Act(人権と心音保護法)が存在し、(胎芽の)心音が確認された時点(妊娠周数が約5〜6週)で堕胎禁止となり、中絶処置を行った、もしくはその処置を幇助した医療機関や医療従事者は重罪の責務を課せられるから。レイプ、近親相姦、そして胎芽に重度染色体異常が確認されても、例外にはなりません。例外は母体の命と健康に危険が確認された場合のみ。

この法律が可決した後、連邦裁判所から一部の郡を対象に、一時的にこの法律執行を阻止する判決がありました。現時点で、この法律を施行してない一部の郡は、Cuyahoga, Hamilton, Franklin, Richland, Mahoning, Montgomery, そしてLucas郡の7郡です。言い換えれば、この郡以外の郡では執行されているのです。

しかし、この厳しい法律は存在し施行されてはいても、実際に検察官が個人や医療機関を起訴し、法廷で争うという可能性は確かではありません。その理由は、ロー判決により中絶が全ての女性の権利として憲法で守られてるからです。

では、ロー判決が連邦最高裁で覆されたらどうなるのか?

この上記で説明した改正法、Human Rights and Heartbeat Protection Act(人権と心音保護法)が、完全に施行されると予想されてます。

つまり、胎芽の心音が確認された時点(妊娠周数が約5〜6週)で堕胎禁止という法律がオハイオ全土で施行されます。たとえレイプの被害者でも、近親相姦の被害者でも、胎芽に染色体検査で重度染色体異常が確認されてもです。

さらに、現在いわゆるtrigger law(上記の「人権と心音保護法」を自動的に施行化するきっかけになる法案)と、中絶全面禁止する法案が出されてます。

なかでも中絶全面禁止法案には、実行不可能で八方塞がりな内容が含まれてます。その内容がこれ。

もし医師が子宮外妊娠を患った母体を救うために堕胎処置を行ったら、殺人罪に問われるのです。それを回避したければ、胎芽もしくは胎児除去後子宮に再移植をする必要があると。この胎芽もしくは胎児除去後子宮に再移植というような処置は、現在の医療技術では不可能なのです。

まとめ

テキサス州では、現在上記のHuman Rights and Heartbeat Protection Act(人権と心音保護法)と似た内容の法案が施行されてます。その法案の中には、上記にある子宮外妊娠の処置にも触れており、細かく曖昧な内容のせいもあってか、医師が処置を判断する上で混乱し、子宮外妊娠の患者が救急搬送されても治療を拒否するという事例も報告されたそうです。

先週5月19日には、オクラホマ州では米国で最も厳しい中絶禁止法案が議会で可決ました。その内容は、レイプと近親相姦の被害者を除き、全ての段階の中絶を禁止しており、言い換えればほぼ中絶全面禁止ということです。オクラホマ州では、数カ所の医療施設ですでに中絶に関する医療業務を停止してるそうです。なぜなら、医師達は当局の取締りを恐れてるから。

おそらく、オハイオ州でもそういった事例が、これから数多く見られる可能性が大きいと思います。もしかしたら、私が知らないだけで、水面下で似たようなことが起こってるかもしれません。これは貧富の差や肌の色に関係なく、妊娠可能な女性なら誰でも経験するかもしれないと思うのです。もちろん一番大きな窮地に立たされるのは、いつでもマイノリティや貧困層ではあるのですが。。。

また、政府のよる取締りが強化されれば、プライバシーの侵害にも繋がると懸念を示す専門家もいます。例えば、中絶禁止法が緩い他州や海外のオンラインショップを通して、中絶薬を注文したか否かなどを、警察当局が監視し情報を集める可能性があると。

とにかく、このような起こり得るシナリオは、女性の権利とプライバシーに大きな脅威を与えます。女性として、娘をもつ母親として、私は今回の件はどうしても見過ごすわけにはいきません。たとえ中絶自体が倫理上大きな賛否をもたらしてるテーマであってもです。

次回のブログ記事では、その辺の私の考えをもう少し掘り下げて詳しく書きたいと思います。


参考サイト

コメント

  1. […] このブログでもつい最近書きましたが、人工妊娠中絶をアメリカ合衆国憲法により保障された権利とし、同時に堕胎禁止を違憲としたロー判決が、24日に米国最高裁により覆されたため、女性が中絶できる権利が奪われたのです。 […]

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