アメリカはここ、クリーブランド。

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思いついた事なんでも

脱ソーシャルメディアで得たもの

と言っても、完全にソーシャルメディアから脱したわけではないので、多少「釣り」っぽいタイトルではあるのですが、最近あるソーシャルメディアのアカウントを消して得たものについて書きたいと思います。

実はパンデミックちょっと前から去年暮れまで、某ソーシャルメディアにハマってました。そして、ハマりのピークはやはりパンデミックです。そう、そのソーシャルメディアとは、今や陰謀論や誤情報で溢れかえる「ペケ」(はっきり名称を書くのも嫌なんで)ソーシャルメディアのことです。

以前はあんなに荒れてなかったんですよね。誕生したばかりの2008年にアカウントを作って、それまでブログで交流してた方々とゆる〜く会話する場であったんです。使い方がイマイチわからなかった当初は、そんなに頻繁に投稿してたわけではありませんでした。

ハマり出したのは、娘が産まれたばかりの時あたりかな。そして、徐々にハマり出した理由は、育児に追われ自由な時間がないから、家事・育児をしながら簡単に見れるソーシャルメディアに精神安定を求めてたからでしょうか。育児の愚痴や日常で楽しかった事など手軽につぶやけるし、即座に同じような境遇にある方々の反応を貰えるから、まさに瞬時に脳内ドーパミンが大放出状態ですよ。

人からもらえる「共感」の言葉は、この上ない精神の安定を与えてくれます。でも自己肯定感に大きな拍車をかけ、時には暴走し過ぎてつい「承認要求」に苛まれる自分にも気づくんです。もっとみんなの反応を貰いたいという自分がいて、そんな自分に恥を覚えるもう一人の自分がいました。

一方それだけではなく、なかなか抜け出せなかった理由は、もうひとつありました。それは「情報」です。政治的にも社会的にも詳しい専門家や識者の情報は、ただニュースメディアを追ってるだけでは得られない特別なものがあります。つまり「実はこの背景にこんな事があった」といったような裏情報などです。

ただ、そういった情報は、時には「意見」なのか「事実」なのか、識別し難いというのが大きな問題でもあります。陰謀論は、おそらくそうやって世間に広まり、徐々に浸透して行ってるのでしょう。だから「陰謀論」にハマっている事にも気づかない人も多くいるのだと思います。

とにかく、今年に入ってあの「ペケ」ソーシャルメディアは、オーナーが変わってしまったのをきっかけに、メディアの方向性も180度変わってしまい、「炎上」目的でしか使わない人で溢れて返ってしまいました。そんなネガティブオーラに包まれるところに何を得るのか?という問いに得た自分の答えは「使用をやめること」でした。

とはいえ、あの空間で割と平和だった時代に得た出会いは、かなり貴重なものがあります。著名な著者や学者の方々との繋がりは欠けがないのものでした。ですから、完全にあの空間を去るのは、正直心苦しさを覚えたのは確かです。

でも、前述したように、あの空間が大きく変貌を遂げたのをきっかけに、賛同できない識者の方々はどんどんあそこを去って行ったので、私も彼らが移動した先「マストドン」*にも引っ越しました。たとえ以前ほど広範囲はないとはいえ、お互い築いた信頼の上に繋がってる方々とは引き続き交流できるので、緩く繋がり深い話ができるのは新しい発見でもあります。

私は基本的に、スマホの通知はテキストと電話以外は切ってます。なぜなら、スマホに自分の生活をコントロールされたくないからです。なにか通知があるたびに、やらなければならない作業を中断されるのは大きなストレスになるからです。そして、中断され、結局達成できなかったと言う事に落胆し、最終的には幸福感を得られないからです。

だから、たとえその他ソーシャルメディア的アプリ(私の場合、インスタとピンテレスト)をスマホで使ってても、通知は完全に切ってますし、投稿するより見る専門にして、うまくソーシャルメディアと付き合うようにしてます。フェイスブックは、アプリさえインストールしてないので、ブラウザから気分によって投稿したりしてますが、あまり時間は費やさないようにしてます。

さて、肝心の「脱ソーシャルメディアで得たもの」なのですが、結局のところ「幸福感」です。直接得たものは「アナログ時間」ではありますが、スマホやパソコンを見ない自由な時間で得たものは、やはり「幸福感」そのものなのです。

なぜなら、そんな自由な時間に、私は読書をしたり、クラフト・アート制作に打ち込んだりするようになったからです。誰かの反応を気にせずに、自分のためだけに費やす時間は、この上ない達成感と幸福感を与えてくれます。特に就寝前に、こういったアナログ時間を設けると、睡眠の質もずいぶん違うことにも気づきました。

質の良い睡眠は、翌日1日の生産性を高め、よりよい幸福感を与えてくれます。だから、よっぽど必要なことがない限り、就寝前のアナログ時間を意識的に取り入れるようにしてるんです。

私がハッピーだと、家族もハッピーになります。これ、嘘のようで本当のこと。子供達がハッピーだと、子供達も意欲的になり、学業成就に繋がってると信じてます。まあ、飽くまでも私個人の経験から言えることですがね。

最後になりましたが、「スマホとソーシャルメディアとメンタルヘルスの因果関係」が学術的にも立証されてるので、それに関する記事の数例を貼っておきますね。

  1. 「How Our Relationships With Our Phones Affect Us」(NRR 1A より)
  2. 「SNSが10代のメンタルヘルスに及ぼす悪影響とは 米公衆衛生のトップが勧告」(Yahoo!Japanより)
  3. 「メンタルヘルスの専門家が明かす、ソーシャルメディアを休むことの重要性とその具体的な休み方」(Business Insiderより)

10代だけではなく、大人も十分影響を受けてるので、なぜ自分は満たされないのか?なぜ幸せではないのか?とお悩みでしたら、一度スマホやSNS断ちするのも良いかもしれません。

「マストドン」(=mastdon)とは、分散型ソーシャルネットワークで、従来のソーシャルメディアとは異なり、サーバーが分散されており、それにともない所有する企業の存在はほぼ無く、サーバーごとに企業であったり、個人であったりと様々です。

レジリエンスが強化された夏休み

実は夏休み後半の日記を途中まで書いてたのですが、ベラ嬢の死という家族にとって大きな出来事が起こってしまい、書きかけのブログがずっとそのまま放置となってました。せっかくなので、ちゃんと仕上げて以下にて更新しておきますね。ちなみに、8月下旬に書いたので、記事前半は季節的にその当時のままです。

— 以下本文 —

早いもので2ヶ月半という長い長い夏休みも終わり、やっと学校では新学期が始まりました。

それにしても、日本をはじめ世界では猛暑猛暑で大変ですよね。それに引き換え、ここ北西オハイオ州界隈は例年よりも涼しくて、我が家では涼を求めてビーチに出かけたのはたった1日だけだったんです。まるで、かつての故郷岩手沿岸地方を思い起こす涼しさ!

そんな夏休みについては、前回ブログ記事でいろいろ写真と合わせて書きましたが、実は7月末に家族旅行に行って来たんです。

滞在した先は、オハイオ北部から車で6時間のメリーランド州です。数年ぶりに会う親戚が州都アナポリスにいるというのもあったし、メリーランド州東海岸沿いにある島とボルチモアの水族館に子供達を連れて行きたいという理由からメリーランド州をバケーション先に選びました。

親戚との交流、水族館、そして島に滞在する前に滞在したリゾート地は、それなり家族みんな楽しめたのですが、島での滞在がなかなか積もる話で、それについてちょっと詳しく書きたいと思います。

その島、Assateagu Islandは、野生の馬が生息し保護されている国立公園です。実は、20年前に夫と初めてキャンプをした島でもあるんです。私たちがキャンプした時は、ビーチの敷地内ですぐ海にも歩いていける素敵な場所でした。野生の馬が群れをなしてビーチをさまよう光景はもう最高でしてね。それもあって、子供達に同じ体験をさせたい!という思いから、一晩だけキャンプを試みたんです。

ところが、2ヶ月前に予約を入れた時は、ビーチ沿いのキャンプ場は満員御礼状態!仕方ないから、ビーチから離れた湿地帯側のキャンプ場に、私たちは滞在することになりました。

早く島に到着したので夕方までビーチで遊んで、その後キャンプ場に向かいテントを張る作業に移りました。国立公園の公式ウェブサイトにも注意書きはあったのですが、やはり蚊の量が半端なくてですね。おかげで、子供達は海で遊んで疲れた影響もあり、ブーブー文句を言い出したんですよ。

そうこうしてるうちに夕飯時になり、キャンプ恒例のキャンプファイヤーに点火、そしてホットドッグを調理する段階になったわけですが、なんとここで大事件が起こりました!

まあ、大事件と言っても、そんな大した事じゃないんですが、子供達にとっては大事件ですよ。そもそも、キャンプファイヤーを起こす段階で、すでに野生の馬の親子が私たちの周辺に現れ、その辺の草を食べ始め、なかなか移動してくれなかったんですね。

野生の馬は、人間の食べ物を狙うと注意書きがあったし、場合によって凶暴になることもあるから近づかないようにとも注意されてました。だから、彼らが寄ってくる度に、ピクニックテーブルから食べ物を取り除き、近づかないために家族で車に避難をせざる負えません。

それが一回だけなら、「野生との遭遇!」という事で、なんとも素敵な思い出になりうる出来事ですよ。ところが、この親子ったら一度は他のキャンパーのエリアに移動したかと思いきや、何度も私たちの周辺にやってくるわけですね。

ピクニックテーブルに食事を広げ、さあ食べよう!とする度に、また近くに寄って来ては悠々と雑草を食べるんです。あまりに何度も起こるもんだから、お腹空いてる子供達の堪忍袋が切れる寸前でした。

そして、ついに堪忍袋が切れる事件が!なんといきなり藪の間から雄馬がヒヒーン!って雄叫びをあげながら走って現れたんです!その雄馬は、私たちのテントの数メートル先に、大きな置き土産をどっさりと残して行きました。一方そこにすでにいた親子の馬たちも雄叫び上げて、なにやら小競り合いでも起こりそうな異様な雰囲気だったんです。

あまりに突然の出来事で子供達は驚きと恐怖でいっぱいだったのでしょうね。馬達がやっと去ったあと、子供達は、もう嫌だ!お家に帰りたい!と泣き叫ぶという事態になりました。

やっと馬達が去り、夕飯も無事終えたときはすでに夜8時。次男はストレス発散に、一人でローラーブレードで周辺を散歩しにで出かけました。昼間も一人で園内周辺地図を見ながらローラーブレードをしてたので、きっと夕暮れには帰ってくると思ってたんです。

ところが、10時に近くになっても帰って来ないので、心配になって夫は彼を探しに出かけました。一方、娘と長男は、絶え間ない蚊の集団攻撃にブーブー言ってて、テント内に入ってもなおブヨみたいな小さな虫(名前忘れましたが)に刺されるもんだから、ついに泣き出すは癇癪を起こすはで、私もストレスマックス状態でした。

結局は何事も大事に至らず、夜11時近くに夫は次男を見つけ出し帰って来ました。でも蚊の攻撃はもちろん止みません。息子たちは耐え兼ねて車に移動し、私と娘と夫は蚊の攻撃に合いながら、ほとんど眠れない蒸し暑い夜をテントで過ごしたわけです。

こんなストレスマックスで惨めな思いをしたのは、数十年ぶりではないでしょうか。子供達にとっては、もちろん初めて。おかげさまで、Assateagu Islandを去って帰路に着く間ずっと、子供達は「もう島でのキャンプは懲り懲り」と繰り返し話してました。いわゆるトラウマになったのでしょうね。ああ、最悪の夏休みの思い出になってしまったなあと、内心私も少し落ち込んでました。

ところが、同時に興味深いコメントも息子達からもらったんです。島でのキャンプは懲り懲りだけど、オハイオ近場でのキャンプは嫌いじゃないと。そして、今回の体験は忘れ難い思い出になるし、全体的には水族館も楽しかったし、親戚と交流できて楽しい旅行だったと言うのです。

その時、息子たちがいかに精神的に成長したか実感させられました。そして、最悪である状況を客観的に捉え、ポジティブに分析している姿に、この子たちのレジリエンス力を目にした瞬間でした。

たぶん子供の頃の私だったら、ただただトラウマになって、もうキャンプはもちろん、アウトドアアクティビティ自体も「嫌な要素」としてしか受け取らなかったでしょう。事実、子供の頃の惨めな思い出のおかげで、私は真冬のスキーがあまり好きじゃないんです。

ちなみに、レジリエンス力とはこちらの記事「『逆境に負けない子』に育てることが今必要な理由」(東洋経済オンラインより)によると、一言で言ってこれだそうです。

逆境や困難に遭ったときに、そこから立ち直る力

やや親バカに聞こえるかもしれませんが、実は我が家の息子たちはレジリエンス力があると感じる事が多々あります。「ひええ、私だったら絶対無理!」と思う事を難なくこなす事もあり、親である私が感心する事が割と多いから。(はい、親バカですね😅)

だから今回の出来事でのコメントは、ある意味予想内のコメントでもありましたが、こうやって直接ポジティブなコメントをもらうと、落ち込んだ私も速攻元気になります。そして、また子供達の成長に喜びを覚えますもの。

とにかく、育児とは親も子も同時に成長しているのだと、つくづく思うのであります。「またあの島でキャンプをしたいか?」と自分に問うとしたら、おそらく「たぶん大丈夫!行けると思う。また挑戦したいと思う。」と答える自分がいるのにも、私自身驚いてます。それくらい、自分自身も成長したなと思うのであります。

息子たちは今週末(10月中旬)、13歳になります。今、中学2年生です。子の成長は過ぎてみると本当に早い!あっという間に車を運転し出し、あっという間に巣立って行くのかと想像するとやはり寂しいですね。

こちらはもう木々が色付き始め、すっかり秋も深まって来てます。これから寒い冬がやって来ますが、お互い体調に気をつけてあと2ヶ月しかない2023年を楽しく過ごしましょう😊

映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が日本で大ヒットしないと思う理由

来週末の3月12日、今年のアカデミー賞授賞式がやってきますね。

前記事でも少し内容を書きましたが、キー・ホイ・クワンとミシェル・ヨー主演の映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(Everything Everywhere All at Once)が、なんと11部門ノミネートされました!

自分のことのように嬉しくって、思わずハッピーダンスしてしまった私ですが、なぜにここまで称賛される映画なのか、なぜにこんなに私を夢中させるのか、その辺をブログに熱く語ってみたい!と思ってました。

でも、いろいろな感想などを見聞きして思ったのです。

アメリカで今大ヒットして話題を呼んでるこの映画、、、日本ではヒットはしないだろうな、、、と。

だから、その理由を今回は書きたいと思います。

まず、最初にこの映画の概要を簡単に説明しますね。正直言って映画評論家の町山智浩さんのレビューを聞いた方が早いと思いますが、私なりの簡単にまとめはこれです。

夫と実父とコインランドリー業を経営してる中国系アメリカ人中年女性が、IRS(Internal Revenue Service=「アメリカ合衆国内国歳入庁」で日本の国税庁に相当する)から呼び出しを受け、担当監査員と面会してる最中に突然起こるマルチバース(Multiverse=多元宇宙、またはパラレルワールド)との遭遇をきっかけに、そのいくつかのマルチバースを交差しながら世界を救う任務を任され、人生において大切な物を見出していくという内容です。

基本的にテンポが速いSci-Fiアクション映画なのですが、コメディタッチに一部描かれ、これまたシリアスなテーマも交差してるので、正直一回観ただけでは理解できません。え?なに?何が言いたいの?どういう繋がりなの?と言った戸惑いが始終隠せず、先がほとんど予想できない内容で、ある意味最後まで飽きない傑作に仕上がってます。

ということで、私的にまとめたこの映画を理解する上でのポイントが以下です。

  1. アジア系アメリカ人移民の現実と苦悩
  2. 中年女性の現実と苦悩
  3. 親子の世代間におけるギャップとそれによる苦悩
  4. 人生における大切なもの

実は私、この映画を観た直後、正直言ってわかったようなわからないようなと言った不思議な感覚でした。だから、ネットでいろいろなレビュー記事やNPR(公共ラジオ)で取り上げられた番組を聞き直したりして、やっとこの映画の核の部分を理解することができたんです。

なぜ私がこの映画に強い共感を得たのか?というと、まさに上記に触れたポイント全てが、状況や程度は違うとはいえ、自分の今までの人生と重なって見えたからです。

おそらく、この映画がヒットした理由はそれです。たとえアジア系アメリカ人ではなくても、この国は移民の国ですから、移民が必ず経験する苦労話は、程度はいろいろあれど、概して共通してるのではないでしょうか。それと世代間のギャップ。これも人種関係なく経験してる人は多いでしょう。

そして、女性として生きる苦悩。女として、母として、女性が社会から受ける期待と目に見えない圧力は、たとえ男女平等が日本より進んでるアメリカでも存在します。50歳を目前して、私もこの映画の主人公が過去のマルチバースへ飛んだように、過去を振り返り「あの時異なった決断をしてたら、どんな人生だったろうか?」とふと考えることもあります。

とにかくそういった要素と、Sci-Fiアクションだったりコメディだったり、はたまたシリアスドラマだったりといった一見よくわからない迷路ような新しいスタイルが、この映画をヒットさせた原因ではないかと思うのです。

さて、前置きはここまでにして、お題にした「この映画が日本でヒットしない理由」について語りますね。

厳密に言うと、「この映画が日本でヒットしない理由」というより、「共感が生まれない理由」と書いた方が正しいかもしれません。

とにかくその理由は、まさにこれ。

日本はアメリカほど移民が多いわけではないから。

ということです。最近では人口減少が著しく人手不足もあり、日本も昔に比べたら随分アジア諸国からやってくる労働者は増えたようですね。とはいえ、アメリカとは全く状況が異なります。

映画館に足を運ぶ(もしくはストリーミング鑑賞する)多くの人達は、遠い昔から日本で生まれ日本で育った日本人が多いのではないでしょうか。まだまだ移民はかなりの少数派であり、移民が経験した苦悩などに共感する人がどれだけいるのか?それが私の最大の疑問なのです。

また、日本は私が日本にいた約25年前からあまり変わってません。変わったのは社会の貧困率が増えて、少子化が加速してる事ぐらい。ハリウッド映画だ!ヒット作だ!ってメディアで謳われて、一般大衆の多くが期待するものは、おそらく当時と何ら変わってないと思います。

そう、「ハリウッドのヒット作=大衆受けするもの」という図です。つまり大衆受けするものとは、簡単でわかりやすく制作にお金が掛かってる超大作と言われるものです。それと、白人信仰が強い日本では、白人が多数出演してる映画が好まれる傾向あると思います。

一方、この「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は、一部のマニアには大ウケすると思うのです。カンフー映画好きで、特にそういった複雑な内容の映画やアートな映画を好む層には、新鮮に映るのではないでしょうか。

だって、この映画はまさに現代アート的な要素を持ち合わせてますからね。現代アートがわからないという人には、もしかしたら理解し難い映画なのかもしれません。

「話題のわりには大したことない」と期待外れな思いで、映画館を去る人が多いと予想してますが、あくまでもアメリカ生活が長い凡人のたわごとでもあります。

日本の状況について、ネットで得た情報と日本人コミュニティの方々の話からでしか知りませんから、実際住んで肌で感じてる人達と大きなギャップがあるかもわかりません。

だから再度強調しますが、外から日本を観察してる私の独断と偏見から得た予想なので、さらっと聞き流してくださいね。

いや、自分の予想が大ハズレであって欲しいという願いが強いというのが、本当のところではあるんですよ。それくらいこの映画に思い入れがあるんです😆

日本ではすでに劇場公開が封切られたようですね。映画館で観た方が迫力があると思うので、もし興味がある方はぜひ足を運んでみてください。

また、私のようにキー君に思いを寄せてる、かつてのハリウッド映画ファンの中高年層の方々。。。あの時の情熱が再燃するかもしれませんよ〜。おっさんになったけどカッコいいキー君をぜひ観に行ってらしてくださいね〜😄

最後に雑誌「BRUTUS」の記事載せておきますね。監督ダニエルズのインタビューです。

「A24史上No.1ヒット作『エブエブ』はアジアでどう受け入れられるのか。監督ダニエルズに訊く」—雑誌「BRUTUS」より

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