時差ボケで呟く

一年に何回か、こーなんていうか、深く考えてしまう場面があるわけだけど、時差ボケで早起きしてると、外の静けさからそんな状態に今なってしまってるのでつい呟き投稿です。

日本に帰省する度にいつも再確認してしまうのが、遠くにいて過去に置き去ったものを懐かしく思い、つい美化してしまってる自分。そして現実を見て聞いて、改めて現実と想像のギャップとか体験して、あーそっかー、そうなんだーって実感して帰って来るんですね。たまーに、いっそネットから消え去って今いるこちらの現実いっぽんに存在を置こうかなって思う時もあります。っていうのも、遠くにいるからこそネットで拾った情報(それは人間だったり、社会の動向だったり、文化だったり、言葉だったり)と体験してない現実は大きく違ったりするから。

でも、ネットを通していろんな事を知って勉強になって、はたまた嬉しい出会いまでもがあって、現実社会も楽しくなったりってあるわけだから、極端にどっちに生きるってのもないけど、ふとギャップっていうのはその現実を生きる人たちでもあるのかなって思ったりしました。

なんだか要点が自分でもわからないけど、時を越えて変わらないものが必ず存在し、変わるものも必ず存在するのが現実なのかな。あ、当たり前な事か、これって。例えば、ウニの味が変わらなく美味しい現実とスタバで埋め尽くされた町並みとか(笑)。いや、ちょっと違うか。なんていうか、過去に置き去った(とりわけ嫌な)自分が、帰省する度に亡霊のように現れちゃったりすると、これがギャップを生むとか…あれ?なんか精神世界っぽい成り行きなっちゃった?

ま、とにかく要点がまったくない呟きなんだけど、Twitterでは文字数限られるのでこっちに書いてみた(笑)
そして、こう自分に言い聞かせる。

Who cares?

あ、日の出が6時半くらいになったよう…もう、夏も終わりかな。今日も暑くなるそう… 😐

2 thoughts on “時差ボケで呟く

  1. カナ on

    ふむ、なるほどね。抽象的なので、私の理解と、えっちゃんが意図するところがマッチしてるかよく分からないけれど、部分部分、なんとなく言ってることが分かるような気がする。

    あたしの場合、故郷宮古は小学校時代の一番楽しかった時の、古きよき時代(夏祭りが近づくと末広町にフライ旗が舞って、すごい活気があってわくわくした時のこととか)が私の故郷像なんだ。んで、帰るたびに寂れていく宮古を見て、ああこれが現実なんだなあって。あと日本という国に対しても。子供の頃に住んでた頃の記憶が未だに私の日本のままで、帰るたびにその変わり果てた姿に唖然としてしちゃう(成田空港で金髪の人にぶつかってしまい、「EXCUSE ME」と言ったら相手は日本人で、一体この国はどうなってしまったんだ?とショックを受けたり)。

    >過去に置き去った自分が亡霊のように現れる

    っていうの、私もあるわ(笑) なんでかな、アメリカにいるとまた違う自分だし、毎日気を張って生きてるんだけど伸び伸びしてるし、なんていうかやっぱ違う気がすんだよね。宮古に帰ってしばらくいると、高校時代の一番苦しかった頃(自分の居場所がみつからなくて)なんかがフラッシュバックしてくるというか、その時の自分とおんなじ気持ちになってきたりして、あれ私はもう乗り越えたんじゃなかったの?とか、自分はもう別の(成長した)自分になったはずじゃなかったの?って焦ってきたりして、なんか自分で自分がよく分かんないんだけどもとにかく自信喪失してしまったりとか。

    だけど、話は変わるけど最近すごく感じるのは、私ね、宮古に帰ると必ず体調が悪くなるの。何か嫌なことを思い出して、というわけではなくて、すんごいほっとして熱が出たりとかね。気が抜けて今までの疲れがどばっと出てくんだっけ。うちのおかんに「おめさん、よっぽど気を張って暮らしてんだがね」って言われた。自分では普段全然気が付かないんだけどさ、日本にいると、言葉も文化も問題なく自分のものだし、生まれ育ってきたものだし、こんなに楽だったのか!って感じてさ、アメリカに戻るのがすごい億劫に感じるんだ。日本で生活するとなると、アメリカよりも実際は息苦しいんだけどね、私は。

    なんか思いついたまま長々と書き綴ってしまいました。長くなってごめんね。

  2. endunham on

    かなちゃん

    そっかー、抽象的でもわかる?よかったー。察しのとおりですがな(笑)
    ってか、やっぱさ、離れてるいると見えないものが見えたり、忘れてたものを思い出したりで違和感を覚えるよね。

    子供の頃に住んでた頃の記憶が未だに私の日本のままで、帰るたびにその変わり果てた姿に唖然としてしちゃう(成田空港で金髪の人にぶつかってしまい、「EXCUSE ME」と言ったら相手は日本人で、一体この国はどうなってしまったんだ?とショックを受けたり)。

    わかる、それ!自分が古い人間なんかわからんけど、なんかさ違う意味で日本は失われつつあるよね。中央(東京とかポップカルチャーとか)やアメリカのポップカルチャーを追いかけるんじゃなくって、古き良き日本がなんとなく見えなくなって来てるっちゅうかさ。日本にいてそんな風に思う人は、やっぱりマイノリティ的存在でさ、あまり相手されないっちゅか。なんかそんな感じだよね。それは田舎に行くほど強く感じちゃうんだ。田舎は田舎ですんごく良いのに、標準語化してる若い子とか見ちゃうと、なんか悲しくなっちゃうな。私はあえて、訛ってたよ、滞在中(笑)。

    宮古に帰ってしばらくいると、高校時代の一番苦しかった頃(自分の居場所がみつからなくて)なんかがフラッシュバックしてくるというか、その時の自分とおんなじ気持ちになってきたりして、あれ私はもう乗り越えたんじゃなかったの?とか、自分はもう別の(成長した)自分になったはずじゃなかったの?って焦ってきたりして、なんか自分で自分がよく分かんないんだけどもとにかく自信喪失してしまったりとか。

    それね、すんごくわかるよー。ってか、私も全く同じだったから。実は高校時代が一生の中で一番辛かったかな。いつも自分の居場所見つけようって必死だったし。だから、あまりあの時代の人の名前とか、けっこう出てこないんだ。記憶から抹殺してるってかんじ。でもさ、帰省した時、高校時代の友達にあってね、ただ単に彼女と仲良くなれる機会がなかっただけなんだな~って。それは、かなちゃんも一緒だよ。クラスとか学年とか、なんか日本的なものがあったせいで、ピタっと合うであろう友達に出会えなかった。それだけなんだよね。ある意味、今こうやって友達でいられるかなちゃんや、高校時代の友達はホント貴重だなって。今だからこそ、こんな風に話しできるのかなって思う時もあるよー。あの時代の私は醜いアヒルちゃんだったから、とりわけコンプレックスの塊で世話なかったし(笑)

    こっちで気が張ってるのかぁ。大丈夫?ま、辛い時にはいつでもメールくれさ。今度帰ったら、おかあさんによろしくねん。がんばれー!

    なんか思いついたまま長々と書き綴ってしまいました。長くなってごめんね。

    謝るこたぁ無いよー。こういう話題は熱くなっちゃうもんね。で、私も長くなっちゃったー(笑)