ハードコアな出遭い

英語でハードコア(hard-core)という表現があります。ぱっと思いつく意味ではアダルト/ポルノ映画などの意味を指しますが、もうひとつ良い意味で私はよく形容表現します。

Hard-core = 筋金入りな、芯のある

そういや考えてみると、最近このブログ、お得意の熱い語りがないな~と。毎日の平凡な日記だったり、テック話だったり、まあそれもまったりして悪くないですが、なんですかね。自分自身、最近本来自分がもってた熱いものが冷めつつあったような気もするんですよ。っていうか、最近ものごとを深く考えてなくない?自分ってなカンジ。ある意味、生活の中で刺激というものが薄れていたような、そんな気がするんですね。で、今回L.A.での出遭いは刺激そのものでした。いや、新鮮さから来る刺激だけじゃなくって、かなり意味の深いハードコアな出遭い。今まで持ってた「L.A.の人達」への印象がガラっと180度も変わった出遭いだったんですよ。

実は、過去の経験からこんな偏見をもってました。L.A.の人たちは、アップスケール(上層階級)で物質主義でポップカルチャーを追う人達。私は、かなりアンチポップカルチャーで、マイノリティ派でかなりの庶民派。マイノリティなのは人種的だけじゃなくって、感覚的にもっていうこと。ダークな映画が好きだったり、世間から白い目で観られるようなものを好んだり。普通というカテゴリーに入るのが嫌だった天邪鬼。だから数年前にL.A.に初めて行った時、私はこの街には絶対順応できないって思ったんです。でも、今回それを完全打破する結果に。

そう、今回出遭ったみんなにある何かは、たったひとつ。それは夢と熱い情熱ってやつ。いや、なんかどっかの青春映画のキャッチっぽいけど、ホントそれなんだって。彼らにあるハードコアな何かって。だから真剣に語り合ったり、笑いあったり、同じゴールへ向って走っていける。自分も猫被る必要なく、自由にバカがつくほど振舞える。人がどう思うと、真剣に何かに打ち込んで、楽しければいいじゃない?みたいなのり。でも、それを分かち合えるのって、同じ感覚じゃないとできないっすよね。なんか、そういう感覚をもう何年も味わってなかった気がします。

ボランティアメンバーの中にカリビアン人(国名忘れちゃった)と韓国・フィリピン系のアメリカ人がいて、彼らと語る機会がありました。面白かったのが、彼らはいろいろな文化を知って、その言葉を覚えて、見聞を広げるほど楽しいものはないというもの。だから、世界を旅をする事ほどおもしろいものはないのだとか。確かにせっかくこの世に生を受けたんだもの、もっと視野を広めていろいろ経験して楽しく生きないのって損のような気がする。そんな柔軟性のある人たちとの出遭いは久しぶりでした。

一方クリーブランドで地元の人たちと交流してるわけですが、そういった視野の広いアメリカ人には出遭ったことがありません。もしかしたら探せばきっと存在するのかもしれないけど、だいたいのアメリカ人は地元大好きっこ。異文化なんてある程度受け入れるけど、それでおしまい。それ以上知りたいとも思わないのかな、きっと。だから、それが悪いとか良いとかの問題じゃなくって、私も旦那もつまらないなーって思うのがしばしば。

そう言えば私…自分の原点を振り返ると、「映画」だったんですよ。英語を勉強したいと思ったのも、ハリウッド映画に出て来る「異文化」に憧れて、英語を勉強したいと思ったわけで、確かにそこに大きな夢があったんです。時がたつにつれ平凡な生活に慣れ、そんな情熱や野心ってものが薄れていったような気がするんですね。だから、今回の旅と出遭いは、なんか久々に原点に戻ったような、そんな気持ちになりました。ハードコアな出遭い。これからも大切にして行きたいなと。そして夢は持ち続けないと。そうしみじみ感じたわけでした。

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